研磨

 

 

 

 くたびれて黒ずんだスニーカーを脱いではじめて、ようやくシフトから上がれる気がした。「退」ボタンを押して、タイムカードに23:45と刻む瞬間でもなく、「お疲れさまでした」と蚊が鳴くような声で告げるときでもなく、伸びてよれた紐を解いて脚先でスポン、と。コンバースの緑色のスニーカーを飛ばしたとき、ようやく仕事が終わったと思える。

 

 「研磨さん、この時間に上がるの珍しいっスね」

 

 入りギリギリで更衣室に滑り込んできた後輩が、慌ただしく制服に袖を通している。そんなんじゃ絶対、2分ぐらい過ぎてしまって最初の15分をタダ働きで昇華するパターンだ、なんて言うのも億劫だし、言ってやる義理もないし、ただおれは頷いた。片方のスニーカーは踵を手で押さえて、脱ぐ。そして靴下の中で親指を動かしながら、靴箱に放った。靴箱といっても、綺麗に横一列に並んでいるのはレアキャラの就活生やら主婦やらの物ばかりで、大抵の仕事用靴はその前にある床に乱雑に頓挫している。おれの緑色のコンバースはちょっとした弧状を描いて、この汚らしい群れに加わった。

 

「お疲れ様」

 

「しゃーす」

 

 貰い物のモカシンシューズを履き直して、更衣室を後にする。いつもの話だが、言葉にならない労いの文句は、どうしたものだろう。形而上の挨拶をするぐらいなら、黙っていてくれてもいいのに。まぁ、どうでもいいのだけれど。