ねこま
セブンスコード
東京都新宿駅から著名な車線を使って二駅。聞き慣れた信号機から流れるメロディを尻目に、ごった返す交差点を抜けた先にある正面、ビル2F。タワレコがある場所。
背にある重さはもう親しんでしまったもので、たまに通行人(女子高生とか)に羨望の眼差しを向けられたりする事もあるが、ここだと悪目立ちもしない。真っ黒なギターケースが馴染む、黄色い店内はあらゆる場所から宣伝用の爆音が鳴り響いていた。
しかし、その少年は立ち止まらない。何せ、ボリュームが大きいだけで、どのメロディも大衆的な、変哲のないものばかりで全く興味をそそられないからだ。そもそも、今日此処に寄ったのは幼馴染に「部長会議があるから、予約しといた新曲取り行っといて」とマックのアップルパイと引換えに頼まれたからであって、CDを漁りに来たわけでもない。ならば、さっさと用件を済まして久々に――随分久々に――6時までに帰宅するだけだ。少々根本が褪せた金髪のワンレグを面倒臭そうに耳に掛けて、研磨は面を不意にすこしだけ上げた。見覚えのあるアイドルのポスターが視界に飛び込んでくる。反射でひとつだけ歩を停めるが、しかしそれも、やはり研磨の興味を引くには魅力に欠けていた。さっさとカウンターに向かうべく、踵を返そうと背を向ける。その時であった。
ダダダ、とベースの音が駆け抜けたのは。
「それで、研磨さん」
ツーブロック気味に黒髪をワックスで整えた(様に見える)男は、持ち前の低い声を意識して上擦らせた。わざとらしい茶目っ気に研磨は、その猫顔を思い切り顰める。黒尾の、こういう回りくどい皮肉を垣間見ると、本当にこの幼馴染は性格が悪いのだと逐一思う。
むくれる研磨の目の前に置かれた、愛らしい笑顔を浮かべる美少女がジャケットを手に取ると、「まぁまぁ」と宥めに入ったのは夜久だった。
「いいじゃんか、研磨が自分からCDに興味出すのなんて滅多にないだろ?」
「それと、人の金勝手に使うのとは話が別」
「おっしゃる通りデスケド」
ケロリと認めた夜久に、更に研磨がむくれる。あまり表情に乏しい研磨なだけに、珍しい光景であったが、自他共に認める幼馴染主義者の黒尾が此処まで厳格さを全面に出してくるのも、また稀である。そりゃあ、仕方ないか。好きなバンドの解散シングルなお極少量生産の初回限定盤――が何時の間にか、アイドルのニューシングルそれも通常盤にすり替わっていたのである。ようは、「予約CDを取りに行って来い」というお使いを研磨は無視して、勝手にその分の金で、別物を購入していたのであった。5千円位財布にお前も入れとけばこんな事には、と思わないでもなかったが、口にすれば要らぬ火を浴びる可能性が高い。スマートな夜久は噤むことにした。
「せめて受け取ってから、余った金で買えば良いと思うけど」
所持金を勝手に使われる点に関しては、それでいいのか。という突っ込みも噤むことにした。
「だって、そしたら買えなさそうだった」
「つっても俺がどんだけ……どんだけ…」
「楽しみしてたもんなぁ黒尾」
その一言にピクリと研磨が肩を揺らした。罪悪感はあるらしい。
落胆の色を滲ませてはいたものの、これ以上紛糾しても仕方ないと考えたらしい黒尾は最終的に深く溜息をつくに留まった。流石に部長を務めるだけはあって、一応懐も深いのか、と今日ばかりは見直した夜久の隣では研磨が少々縮んでいた。
「ま。まだ受け取れる筈だろ」
「……うん……ごめん」
音駒高校軽音楽部は、古豪だ。軽音楽部にしては余り浮ついた者が少ない、と噂されるのはこの所為だろう。脈々と根付いてきた「音駒の」音楽は、部内バンド何れも乱れぬリズムがなによりも特徴であって、保守的なサウンドを伝統にしていることが分かる。1人1人のレベルが高くても、先走って音を崩す奏者がいないのだった。
その音駒の中でも随一のリズム感を誇る夜久と、熟練技が光る黒尾は実力者で学内外でも定評がある。