黒美

 自分の嗜好は、すこし、世間様とズレているらしい。そのことに黒尾鉄朗は、高校を卒業するころには気づいていたし、確信があった。だがこの嗜好が何に由来されているのか、はたまた誰によって齎されていたかも容易く証明出来ていたので(己の脳内では)黒尾は自分の嗜好をクレバーに考察していたし、客観的にも見ていた。

 簡単に言うと、社会不適合者に惹かれる。所謂ニートだとか、コミュ障だとか蔑視されがちな人々だ。

 しかし黒尾の名声を尊ぶにあたり、もっと言うと、「整った」社会不適合者だ。才能に恵まれ、運が良ければ容姿も良好で、その癖に社会という団体に対し何時までも馴染めない。この均衡に惹きつけられ、そしてお近づきになれば彼らの狭い狭いテリトリーに徐々に自分が浸されていくことにある種の快感を覚える。

 独占欲や支配欲が常人より、強いのだろう。

 と黒尾は冷静に結論づける。だが黒尾鉄朗は嗜好とは違って、コミュニケーション能力が高く、思慮に富み、頭の回転も容姿も、何もかも揃えてしまっている類の、「社会適合者」だ。その事も俄かに気づいているが、きちんとは理解していない。

 

 

 目下の小さな頭を大きく撫であげてやると、気の抜けた鳴き声が上がった。「荒北」、と意味もなく呼んでみる。そうしたら絶対にまたあの緩い笑い方で、甘えてみせるのだとばかりに思っていたのだが、違った。「あ、カキンしなきゃ」と彼女は唐突に思い出した。

 黒尾は場違いに、すこしときめく。

 荒北という女とは知り合ってからあまり経っていないが、なるほど男の趣向を刺激した。愛らしい外見に反して、口は非常に悪く「ウンコ」なんて幼い単語も油断すれば出てくる。喫煙者で、アプリゲームに課金し、トモダチはもっぱら姉と兄。勉強が嫌いで、基本的に何もできない。

 そのわりに、瞬発的におよそ尋常じゃ追いつかない程の頭の回転を見せることもある。しりとりなんかでは、黒尾は彼女に勝ったことがなかったりする。

 きっとその特殊な環境が育てたのだろう。特に――兄にはべらぼうに甘やかされ、それは妹というより「恋人」にするように箱に入れられてきたようであるから。

 要するに、黒尾の趣向にものの見事に合った。

 「……おにーちゃんは今日は?」

 「ヤスちゃん今日、面接って言ってたヨ」

 就活を何ら問題なくそそくさと済ませ、この隆盛期に他大に赴く余裕あるのも自分くらいだろう。白のロンTに春用モッズコートという軽快な出で立ちで現れた黒尾を、荒北は歓迎した。兄の方はおそらく気が気でなく、凄まじいプレッシャーと共に就活を追いこんでいるのだろうことが分かる。なにせ、兄が不在ということは、大学で妹の世話を焼いてるのは専ら姉。もしくは妹はひとりになっているか、どっちかだ。

 色んな思考の果てで意地悪く口元を歪めた黒尾は、「ふーん」と頷いた。

 「じゃあ黒尾センパイとデートしよ」 

 「ダメだヨ、みぃ、授業だヨ」

 「ンー…じゃあその後ね」

 対して思考に追いついていない様子の荒北の手を取って、黒尾は歩み出す。今日はなかなかにタイミングが良かった。