未完成 グレジュビ+ムジアイ前提、グレアイ修羅場

 

 頬から顎へ走る衝撃で、脳がブレた。

 ドシャリと転倒した大の男の体が容易く数センチほどカーペットを滑らされる。日常の生活でこれほどまでの打撃を食らう事など到底無く、グレイは咄嗟に何が起こったのか把握ができないようであった。ようやく手が床についていると自覚をしたところで、ガンガンとする目の奥に吐き気を堪えて頭上を睨みつける。焦点定まらぬ真っ赤な視界の先には鬼が佇んでいた。

「ムジカくん…!ダメ!!」

 瞠目し唖然とたたずんでいたアイネは、乱暴に肌蹴られていた胸元を抑える事もなく、ムジカを抱きすくめる。普段は何者かからの干渉など受けないような素振りをするというのに、いま彼女のその顔色が酷く青白いのは兄のように甘えられるグレイが殴られてしまったからなのか、それとも恋人と噂されるムジカが手のつけられぬ程怒り乱れているからなのか。

その泣きそうな甲高い悲鳴がこんな状況であってもどこか愛らしさを感じさせてしまうのは、彼女の生まれ持ってのものなのか。数刻も満たぬ前に彼女に劣情を抱いていたグレイにとってその悲鳴は甘美なものに思え。こうなる前まで肩に寄り添い己に触れていた女が今は別の男に抱き付いているという単純な状況に対して湧き上がる嫉妬心と重なり、何事にも、特に女に関し冷淡に近い落ち着きを持っているはずのグレイ自身、酷く掻き乱されていた。

ああ、あの女が欲しいと、男の欲ばかりが募っていく。

「テメェ…、誰の女に手ぇ出してっかわかってんのか、ア?」

 それは想像よりも遥か静かに、部屋へ響いた。

 肌に触れる空気が痛い。その場にいる者全員の毛が逆立ちそうなほど、ムジカから発せられる怒りは暴力的にグレイに叩きつけられていた。これでも軋む音が聞こえてきそうなほど怒りを堪えているらしい、筋肉質そうな額や腕には太い血管が浮きギラついている。

「…余裕こいてテメェの女を平気で男の部屋に上がらせてるムジカくんが、なに偉そうなこと言ってんだ、ア?」

ムジカは極めて洞察力の高く、そして明敏な男である。アイネがグレイに対して懐き、むしろムジカと居るよりも気を楽にして接していることも知っており。そうしたアイネと接しているうちにグレイがアイネに対し、次第に恋心じみた感情を抱きはじめていたのはわかっていた。

だがムジカにとってグレイは、後輩のハルに次いで気の合う友人だと信頼していた。いやムジカ自身が己に絶対的自信を持っていたのかもしれない。危惧をして大袈裟に釘を刺すことなどしなかった。間接的に、スマートな方法で牽制することはあってもだ。

ただアイネは、女好きな己が唯一、誰よりも大切に思っている存在であることだけは伝えていたというのに。

 

 

まだ続く