あおき
「windows、docomo、ワーゲン、カルピス、コカ・コーラ、バスケットボールワールドカップ、ソニー・ウォークマン、UNIQLO、Dior――黄瀬涼太、前代未聞の世界同時超大型タイアップ開始……ですか」
赤字で溌剌とタイトルが書かれている某有名サーチサイトにて。トップニュースの更にトップ欄、カメラアイコン付きで“黄瀬 世界同時タイアップへ”という煽りの赴くままにタップした数秒前の自分を黒子テツヤは呪った。タイトルに長々と流れる著名すぎる固有名詞の数々は、残念ながら二度見したところで変わっていない。
黄瀬が、バスケを諦めたのはもう何年前のことになるだろうか。オーバーワークによる脚の故障が、結局、彼の選手生命を絶った。そうして、キセキの世代の末っ子にして、同じく圧倒的なバスケセンスの持ち主―そう謳われた黄瀬ですら、今やバスケから遠く離れたところで生きていた。それは黒子にとって悲しくあり、不思議でもあり、また場所を変えても以前と変わらぬ輝きを放つ古きライバルが誇らしくもある。
しかし、これはいかんせんやり過ぎではないだろうか。伝説の、なんて前置きがついている僕と違って流石キセキ直系。そんな突っ込みを送りつつ記事全文へと見進める。右方には、艶やかな金髪をフラッシュによって更に輝かせつつ、涼しげに笑っている美丈夫が一人。あまりに整ったかんばせをしているものだから、一瞬誰だと疑ったが間違えようもない。黄瀬涼太である。在学中からモデル業は細々と続けて来たようだったが、現役引退、高校卒業と進んでいくうちに段々と本腰を入れるようになり―それからの活躍は本当に目覚ましかった。あまり芸能に詳しくない黒子ですら、スターダムを全速力で登り詰めて行ったあの時のことをよく覚えている。
かの黄瀬の返信頻度がじょじょに落ちて行き、パタリと無くなった頃にはCDデビューを果たし、脇役であるが月9には出演しているし、成人を終えれば初出演にして国際的映画祭にて助演男優賞にノミネート、本業ではパリのコレクションに進出してとあるプレミアムブランドの専業モデルになり、最近ハリウッドの有名監督に引っこ抜かれてアメリカの芸能事務所に移籍したところまでは聞いていた筈なのだが。
「プロジェクト、“The world love your color.”――なんて、また。」
記者によると、企業、国境など高い垣根を超えて黄瀬涼太の魅力を伝えるという、文字通り事務所の興亡を賭けた超大型タイアップ企画のようだった。テーマは「世界中が君を愛している」、というこれまた――なんと言うか、率直なアイドル・プロモーションである。
これ程に世界を席巻する存在になってしまった黄瀬のことを、黒子は少し寂しく思っていた。しかし、それと同時に思い出すのはかつての相棒のことだ。
(……世界、とは言いませんが少なくともバスケから愛されていた君にとっては、皮肉なのかもしれません、ね。)
ホームボタンを押しながら、新聞に埋もれたアナログの国語辞典を取り出す。世間は日に日にデジタル化しているようだったが、アナログを媒体にする職業柄、「機械に依存しない」事が黒子にとっては拘りだ。
――かつての相棒、彼、青峰にとっての世界は、バスケそのものである筈だった。その確信があったからこそ、皮肉に思えていた。青峰は必ず、「世界」を「バスケがある世界」として解釈する。それは今の青峰にとって、このフレーズが苛烈な残虐性を孕んでいる可能性があると黒子は踏んでいたのだった。
恋人は日本に置いてきた。
正直、連れて行きたかったことも事実だが、反面、我武者羅に異国で突っ走っていたかったのも事実だ。黄瀬の存在自体が、自分に影響を及ぼしやすいことは長い付き合いのあいだで学んだつもりなのである。いつも黄瀬が追いかけてきて、ただそれに知らない顔をして振り回していると思われがちであるが、実際のところ青峰自身になにか変化が訪れるとき、だいたいその皮切りは黄瀬だ。彼がすべての予兆なのである。だから置いてくる必要性があった。それがひとつと、もうひとつはどうしても自宅に黄瀬がいると思うと、諸々を投げ捨ても構ってやりたくなるためである。ボランティア精神でなく、たとい黄瀬が興味のない顔をしていても構い倒してやりたくなる。青峰は、思いの外恋人にベタ惚れであった。
――日本を発つ当日の、まるきり「捨てられた子犬」のような顔を今でも鮮明に覚えている。確かロケが重なってしまって空港まで行く時間はないからと、玄関先で見送る手筈だった。なんてことのないように虚勢を張りながらも、普段より柳眉がきつく締まっていたことも形のよい爪先が震えていたことは、全て見通しだった。傷みを知らないさらさらの金髪を梳いてやりながら、出来る限りたくさん電話してやって、それが無理ならメールしてやって、寂しい思いなど絶対にさせるものか。――と、甲斐性が無いと散々幼馴染に扱き下ろされた自分が決意するさまは、中々に泣ける光景だったように思える。
それが蓋を開けてみればどうだ。
三日前に送ったメールには返信は無いし、電話を掛ければ不在通知、当然スカイプには上がってこないし、私用ツイッターの呟きも3か月前の「火神っちとショッピングなう」で終わっている。
忘れていたわけではない。だが、思い直した。自分の恋人は、「黄瀬涼太」そのひとであることを。
見上げたスクエアズガーデンの看板には、世界一有名な炭酸飲料水にキスを送って微笑む恋人がいた。
カルピス:青空バッグにシャツにジーパン 海辺を大疾走。走り切って展望台に着いたところで海を見渡して太陽にカルピスかざしてごくごく。最後は倒れこんで黄瀬スマイル
コカ・コーラ:全分通して赤い背景。エレキベースの黄瀬が狭いワンルームで音量最大に歌ってるシーン→ドームでのライブ風景→ワンルームでコーラ飲んでカットイン
バスケワールドカップ:何かの曲を鼻歌で歌っている黄瀬。ジャージ姿で3Pを決める。独白。→有名プレーヤーのプレイ、試合光景→キャッチフレーズとカットインが流れつつ黄瀬がボールを鞄にしまう
Dior:黒のタンクトップに黒のジーンズの黄瀬が夜の歩道を歩いてるだけ。ただ危ういほのかな光を発してる。最後にウィンドウにキスしてその店がディオール
見覚えのある美形だった。顔立ちがしっかりと設計されており、日本人というよりもヨーロピアンの色の方が強い気がする。平凡な黒髪と少しばかりよれて着込まれたスーツが、華やかな形相と不釣り合いだった。
そして大股で近づいてきたその青年の顔を初めて蛍光の下で迎える。そこでようやく合点がいった。高校時代に人気だった男性アイドルによく似ていた。
「あんたがバスケット界じゃどんだけ持て囃されてんのか、天才クンなのかは知らないけど、俺が知る限り今のキミじゃ黄瀬には到底釣り合わない。あの子がどんだけのタイアップを抱えてるか、わかってる筈だろ青峰くん。同性愛への偏見なんて、俺にはどうでもいいんだよ。黄瀬の相手が、世間様に認められるような存在であれば、ね」
『あー。そうそう、カルピスは日本限定放送ッスよ!だからこっちのファンの子がコメント欄で誰かYoutubeでアップして~って騒いじゃって騒いじゃって』
Does the world love me?
――「世界が俺を愛してる?」
haw-haw, it’s maybe very funny.
――「あはは、それってすごい面白いかも」
But…
――「でもさぁ」
―――I love you.
Don’t forget.
My world shine, You are in.
――「忘れんなよ。
俺の世界が輝いてるのは、あんたがいるおかげなんだ」
――”Here I am.”
――by the yellow world “Ryota Kise”.
Project “the world love your color.”
「驚愕!黄瀬CM写真の少年は青峰大輝……ですか」
依然として存在感のあるタイトルロゴで評判な某有名サーチサイト―のエンタメコーナーにひっそりと載せられたリンクを、黒子テツヤはタップした。タップしつつ、この位のことでニュースになってしまう世間様を世知辛いと何となく内心で酷評する。
左辺に表示されているのは、やはり思った通り、あどけなさの残った少年二人の写真だった。金髪の美少年に腕を回した褐色の少年、バスケのプレイ中らしく辺りが騒然としているコートにいるが、どちらともこれ以上になく楽しげに笑っている。ただ一言、「いい写真」と評せる一枚だった。
「あのガングロっぷりは、青峰君ぐらいしかいないと思うんですが」
わからないものですね。そう少し笑って呟きながら、続いてスポーツ欄に進む。Jリーグ優勝チームのパレード、スケートの若手選手の熱愛、様々な話題が連なる中ひときわ存在感を放っていたのは、「青峰 MVP奪還へ全力」という紹介記事だった。
タップすると、青峰の所属するチームがNBAファイナルに進出した事と青峰本人のインタビューが記者によって語られている。我らがキセキのエースの復活に安堵したと同時に、右辺にはなるほど青々しい短髪と矢張り褐色――を覚悟していたにも拘らず、きらびやかな美丈夫が端正に微笑んでいた
「……応援に駆け付けたのは、まさかの同級生。とか、本当に…」
よくやります。えも知れぬ記者の集客根性に呆れが浮かんだが、画像の黄瀬がマスコミ相手にしては珍しく屈託ない雰囲気で居たのでまぁいいかと思うことにした。右隣に見切れた青峰も、しごく柔らかい表情で口角を上げている。黄瀬を見る時だけ、青峰の顔が優しくなるのは中学時代から変わっていないようだ。
――写真の中の二人を邪魔してはいけないような気がして、黒子はそっとホームボタンを押した。画面が愛犬の画像に移り変わる前、お互いの薬指にシルバーに輝くものを視認した気もしたが、茶々を入れる為に見直すのも面倒なので止めておいた。