青マリ②

待ち合わせ前にふらりと立ち寄ったカフェはとてもいい雰囲気だった。

香る茶葉の精練さと舌触りの良いスコーンはアイネの舌をとろけさせ、ディッシュのサイドへ添えられたクリームをアクセントに挟めばそれもまた気持ちの良い寄り道を満たしてくれた。

口の中にその時の幸せを思い出しながら、さて待ち合わせ時間は何時だったっけと軽やかに歩道を跳ねる。

角を曲がれば、遠方に目立つ長身が見えた。

バスケット選手としての未来が約束された高身長さを時折うらめしく思っていたが(だって話す時に首を痛めてしまう)、こうした待ち合わせの時にはなかなか利便性があるではないかと鼻息ふんふん、愛音は上機嫌で駆け寄っていった。

 

が、その足は少しずつ止まって行く。

それどころか、サッと小路地に隠れてしまう始末で。それというのも待ち合わせの相手、愛音のボーイフレンドは悪い言い方をすれば人をひとり殺めでもしたのではないかという程殺気立っていたのだ。

その人を寄せ付けぬような容姿は悪目立ちしており、愛音はひっそりと溜息をついた。地は決して悪い容姿ではないがあれでは隣を歩くのは躊躇われる。それどころか、足がすくんで動けなくなりそうだ。伝わる恐ろしい雰囲気に、子猫が毛を逆立てるがごとく肩を這った愛音は一度きゅっと目を閉じる。

全く何故そんな顔をしてるのか、と待ち合わせ時間を何時間も遅れてきたはずの愛音はわかっていない。

 

「もう、このままじゃ愛音のお寿司食べられないじゃない…」

それほど真面目に勤めていたようには見えなかったがそのスポーツセンスは客にとっては好評だったのだろう、青峰の給料昇格が先日バッティングセンターの主から告げられたらしく。それを祝うという名目で青峰は愛音を好物で釣り誘ったのである。

バスケの練習を終えてから昼に待ち合わせようとラインで連絡を取り合って、悠々と待ち合わせ時間近くまで青峰宅の日当りのいいリビングで日向ぼっこをした後、街へ出たというのが事の経緯だ。

 

悠悠自適に休日を謳歌していたはずの愛音にとって思わぬ誤算である。

久し振りのお寿司なのに、と小さな眉を垂れさせた。

埒が明かないだろうと恐る恐る、そう、なるべく人影に隠れるようにして近寄ってみれば洞察力の良いボーイフレンドはその鋭い眼光をギラリと愛音の隠れ蓑である通りすがりへ向けてくる。

ヒッと小さな悲鳴を上げ通りすがりは逃げるようにして青峰を避け。そして「あっ」と愛音は小さな肩をぎゅっと縮め固まってしまった。

 

見つめること数秒。愛音にとっては長い時間。冷や汗を額ににじませながら、峰くんこんにちは、と棒読みで言うしかなかった。

「……待ち合わせ、何時っつった」

「そ、その、」

「ラインで連絡してんのに通じねぇのはどういう事だ」

「スコーンとお紅茶が、美味しかったのよ?」

「電話にもでねぇ」

「あ、あっ、わ、忘れてたみたい!峰くんのおうちに、スマホ…」

深い深い溜息を吐いた青峰は短い髪を撫でつけ震えている少女を見下ろす。怯えきり今にも逃げ出してしまいそうであるのに、それでも必死に足を踏ん張り堪えているようだった。

「……ったく。行くぞ」

「あ、待ってっ」

大きな歩幅は普段歩くよりはゆっくりではあるが、それでも愛音の可愛らしい足は必死に前後に振られる。一生懸命に青峰を追い、裾をきゅっと握った。

「……ご、ごめん、なさい」

珍しい謝罪にピクリと眉山が上がり、青峰は愛音を見下ろす。丸い瞳は潤んでいて、また溜息を吐きながらその目許を無骨な指で撫でてやった。

「いいっつの。食う寿司ネタ考えとけよ?」

表情は怒ったようなもののままであったが、先程までのような怒りは消えているのが愛音にはわかった。表情輝かせ何度も頷く姿を見るそれは愛し気だ。

路地に隠れキスでもしてしまおうかと腰を屈ませると、それを見越したわけでもないだろうにサッと愛音は走り出した。

「峰くん早くぅ!」

なんて寿司屋へ向かって一目散だ。

 

これだからと呆れ顔を向けるが、だからこそだとも青峰はひとりごちるように内心笑って。そして困った気まぐれな子猫の後をゆったりと歩くのだった。