青マリ
「あい うぉんちゅ」
「No, No, I Want You」
もごもごと口許を動かした愛音は不服そうに男を睨んでいた。
相変わらずの可愛らしいひらがなの発音に歯がどうしようもなく疼く。可愛らしくて仕方がなかった。頭の奥の方から顎にかけてどうしようもない咀嚼願望が沸き上がる。可愛いものを前にすれば握りつぶしてしまいたいような、噛みたくてしかたがない衝動を持っているらしい青峰は、唸りそれを堪えるしかない。
彼なりには耐えているつもりであるが、愛音からすると決してそうには見えないようで。青峰の姿を見れば怖がり隠れてしまうのが癖になってしまっている。渡米する青峰が強引とはいえ愛音を連れて行こうとするのに従順についてきたことを考えれば、決して嫌っているというわけではないようなのだが。
そして今もまた、愛音は青峰の姿を見て顔を青くする。
「だ、大くん…!」
「…ハァ、いい加減怖がンじゃねーよ。何年付き合ってんだ」
「そりゃそんな今にも喉笛噛み千切ってきそうな顔してたら逃げたくもなるスわ。ねー愛音ちゃん」
愛音の盾になる男は爽やかに笑い後ろに隠れた愛音を見た。仕立てのいいシャツの袖をきゅっと握り、愛音は顔を出そうともしない。
「テメェは黙ってろ。そもそもなんでウチに上がり込んでんだよ」
誰も上げるなっつったよな?とドスを聞かせれば大きく肩を跳ね上げてますます陰へ引っ込んでしまう。
「い、いいじゃない!黄瀬くんはお友達…でしょ?」
「そうスよ、お友達じゃないっスか青峰っち!」
「黙れっつってんだろ黄瀬」
大きく溜息を吐くのを聞けば、恐る恐る愛音は黄瀬の肩越しに顔を出す。
「…愛音も、はんばーがー注文したりしたいのよ…?」
「ハンバーガー?」
「青峰っちが案外アメリカで上手く生活出来てるのに不安になったらしいんスよ、愛音ちゃん」
「黄瀬くんと勉強して、あ、愛音が今度てりやきばーがー注文してあげる!」
どうやらこの間、一緒に行ったバーガーショップで流暢にオーダーした青峰に驚愕したらしい。と後から青峰は聞くことになり、咀嚼衝動を堪えることとなるのだが。
「別にいいだろそのままで可愛いんだからよ。オラ愛音、こっちに来い」
そうして猫をおびき寄せる要領で以て指で招くが、耳を真っ赤にした愛音が出て来るはずもなかった。